キュレーションサイト「michill」様にて、執筆記事が公開されました!(記事へはこちらをクリック)


 

こんにちは!
流式片づけコンシェルジュ
小坂泉です。
 

個人レッスンをしていると、
モノを判断することに慣れていなくて、
頭の中でぐるぐる「考え」を巡らせてしまい、固まってしまう人がいます。
あなたは、どうですか?
 

この現象、「選択する」ことに慣れていない場合もありますが、
人ならではの「思考のクセ」にとらわれている場合も。
 

こんな時、モノを選べない理由をお伺いすると、
ある一定の同じポイントでつまずいていることが
往々にしてあります。
 

小坂は、共通して出てくる一般的なお悩みには、
「思考の方法」を学ぶことに効果があり、
具体的には「哲学思考」が
その助けになるのではないかと考えています。
(今、お片づけと哲学の近さに気づき、結構ガチで哲学を勉強しています。)
 

本日ご紹介する本は、
有名な哲学者・ニーチェが説いた思考をわかりやすく解説した
哲学入門書。
 

きっと、
「あれ、これ、あの時の私のこと…?」と
デジャビュが起きるのではないでしょうか?
 

早速、一部を見てみましょう!
 

ニーチェの哲学は、少し変な言い方だけれど、わたしたちの「精神の体質改善」にきっと役立つはずだ。
 

では、ニーチェの哲学とはどういうものだろうか。
それは、一言でいって、うじうじした「小さな人間のための哲学」だ。
 

「小さな人間」とは、わたしたちが<うまくいっていないときにうじうじする状態>のことだ。
 

「世界」はなんのために存在するか、「人類」はなんのために存在するか、これは当分われわれがまったく気にすべきことではない。しかし君個人がなんのために存在するか、これはみずから問いたまへ。
 

「ルサンチマン」とは、言葉の意味としては感情のくり返しを意味する。わたしたちはうまくいっていないとき、自分ではコントロールできないくらい反感や妬みの感情でいっぱいになって、醜く他者のことを恨む。
 

ルサンチマンから発する攻撃性は自分自身に向いている。自分を徹底的にダメなものとして受けとめる。
 

うまくいっていないとき、嫌なことがあったりしたとき、わたしたちが思うのは「死ね」「死にたい」「全てなくなれ」の三つです。
じっさい、ネット上では「リア充は死ね」という言葉がある。「リア充」とは、リアルが充実している、という意味だ。友人とたのしく遊べて、恋人もいたりするリア充してるやつはうらやましい。自分はそうなれない。だから、リア充は死ね、リア充できない自分は死にたい、リア充のないこの世界はなくなれ。これが今のルサンチマンの表現なのかもしれない。
 

わたしたちは「ほんとうは」という言葉をよく使う。ここで問題にしたいのは、自分がうまくいっていないときに使う「ほんとうは」だ。
 

たとえば、自分の意にそぐわない仕事をやらざるをえない場合がある。働きたくなかった会社に就職すること、第一志望でない部署に配属されることもある。そんなとき「ほんとうは」がクビをもたげる。「ほんとうはこんな仕事やるはずじゃなかった」というのがそれだ。
 そんなとき、自分の頭の少し上には、あの夢見た自分の理想の仕事がある。その理想から、いまのやりたくない仕事、それをやっている自分、それをやらせている会社、そして、この現実の世界が攻撃される。「つまらない!」と。
 この場合、たいていの理想は美化されている。完全になっている。もう、やりたい仕事をやっている自分は目が痛いくらい輝いている。
 こうして、完ぺきな理想とみじめな現実という対立が生まれる、現実はいつも理想から攻撃される。そして、この世界はつまらない無意味なものに感じられる。完璧な理想を求める「真理への意志」は、この現実に生きることを無意味にしてしまう「虚無への意志」でもあるのだ。
 ここではないどこかに完ぺきな理想を置くことは、この現実に否を投げつけることでもある。否を投げつけること、それは「ニヒリズム」だ。
 

ルサンチマンとニヒリズムは小さな人間の性格
 

ニヒリストとは、あるがままの世界については、それはあるべきではなかったと判断し、また、あるべき世界については、それは実在していないと判断する人間のことである。
 

よく若い人と話をするとき、「夢がある」、「やりたいことがある」と言う人がいる。
けれども、では、そのやりたいことに対して、なにか現実的なアプローチをしているかと言えば、そうでもない。たとえば、「アーチストが夢です」と言う人にかぎって、作品がない人が多い。この場合、彼/彼女にとって「夢」とはなんだろうか。
 ちょっとマッチョな言い方になるけれど、ぱっとしない現実の自分を否定して、人と話すときに自分を飾ってアピールするだけの道具にすぎないように見える。「ほんとうはこんな自分ではありません」と実体のない「夢」で自分を飾って、あるがままの現実を否定している。
 

ニーチェは、ニヒリズムは「存在するより存在しないようがまし」を目的にすると言っている。「どうせ」うまくいかないのだから、現実の自分や世界なんてないほうがまし。自分と世界に「否」を投げつける態度がここにはある。
 

一方で「ほんとうは」、他方で「どうせ」。これは共に現実否定のニヒリズムになるのだけれど、すごく身近な例で、つぎのことだって言えるはずだ。
たとえば、ぼくは今こうして原稿を書いているのだけど、一方で、「ほんとうはもっとうまく書けるはず」と、他方で、「どうせうまくなんて書けないよ」の中で揺れ動く。で、そう揺れ動いているとき、必ずおろそかになることがある。それが、実際に手を動かすことだ。現実に向き合っていない。いま、やるべきことを忘れている。
 

いかがでしたか?
 

モノを判断するときに、こんな感じになっていませんか…?
ラストの引用は、そっくりそのまま
「モノを持って固まっている」状態に置き換えることができます。
 

もし、少しでも似たような傾向があるのであれば、
あなたはその時、
モノに、自分に、そして世界に向き合えていません。
 

この思考にはまってしまうことの一番の問題は、
「自分を徹底的にダメなものとして受けとめる」と言うこと。
自己否定にはまっているとき、
自分だけでそこから抜け出すのは、本当に本当に難しいです。
 

少しでもこの思考のクセがある方には、
小坂は個人レッスンを強くお勧めします。

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なぜなら、その場にお片づけのプロがいたら、
あなたが思考の沼にはまっているのに気づいて
すぐに引き上げることができるからです。
 

モノを見極めるときに大切なのは、
「このモノを、今から使いたいと感じているか。」
この1点。
 

お片づけを効果的に行うためにも、
もっと気軽にプロの力を借りていただけたら、と思います。
 

あなたもぜひ、
自分の傾向をチェックしてみてくださいね♪
 


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◆目次◆
序章 うじうじした小さな人間のための哲学
第1章 二人の神さま
第2章 ほんとうのある人
第3章 徹底的に台無しにすること
第4章 人間、このちっぽけな
第5章 うじうじくよくよからよろこびへ
第6章 みんな苦しんで大きくなった

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